シューズデザイナーの独立・開業!夢を実現させるために必要なこととは?

Ryusuke Kawamura」様は、レディース専門のオーダーシューズショップです。
今回は、「Ryusuke Kawamura」の代表でありシューズデザイナーの日置智佳子さんにお話をお伺いしました!

美術大学在学中より、自身の脚コンプレックス解消のためシューズに興味を抱く。卒業後は大手中小の会社にて靴のデザイン等を学び、1999年足を美しく見せる靴ヒオをスタートさせる。
2013年に(有)ヒオ(代表:日置智佳子)と(株)キカックス(代表:河村龍介)を統合して、株式会社ヒオックスを立ち上げる。

 

会社員勤務から独立。そしてブランドの立ち上げ

美術大学を卒業後、憧れだった大手靴メーカーにデザイナーとして入社しました。
様々な経験をさせていただき非常に貴重な時間を過ごせていると思う一方で、当時の靴業界は旧態依然とした部分もあり、イメージしていたファッション業界とは大きく違っていて違和感のようなものは感じていました。

半年ほど経った頃に、たまたま知人経由で私の噂を聞いた(株)ラボキゴシの社長から「ウチに来ないか」とお声掛けいただき、色々お話をする中で靴に対する考え方や価値観が一致していたので転職を決意しました。
当時(1980 年代)は DC ブランドが花開いた時代で、コム・デ・ギャルソンやワイズ全盛期でした。ファッションの主流はいわゆる「カラス族」と言われていた全身真っ黒のカジュアルなものばかりでしたが、販売されているものは私には似合わないしそもそも好みではありませんでした。私は最初から、赤いハイヒールのような色っぽい靴が好みでした。
そんな私に対して、ラボキゴシの社長は「時代は変わるからそういう時代(カジュアルからエレガンス)の時代がいずれ来る」と言ってくれたんですよ。
入社後は、当時の流行では考えられない私好みの”ハイヒールブランド”を立ち上げさせていただくことになりました。
ロゴ、グラフィックからショッピングバッグまでブランドのすべての行程を担当させていただき、ゼロから立ち上げたブランドは、もちろん私だけの力ではありませんが、3 年で 1 億円の売上になりました。6 年ほど在籍しましたが、納品書や請求書の書き方など、会社経営に必要なこと全てをその時に学ぶことができました。ブランドの立ち上げと経営に必要な経験が今に生きていると感じます。

ラボキゴシを辞めたあとは、フリーランスになりました。ちょうどバブルが弾けた頃ではあるものの、フリーランスでの仕事というのはたくさんあり、靴だけでなくハンドバッグのデザインをすることもありました。
自分の靴ブランドである「ヒオ」を立ち上げようと思ったのは 1999 年です。きっかけはセレクトショップが出てきたからです。
それまでは、自分のブランドを作るということができない時代でした。
まだまだ世の中ではカジュアル一辺倒という中、セレクトショップであれば私のデザインするテイストが売れるだろうと思いました。市場調査をし、客層を調べ、価格設定をしました。ありがたいことに、ラボキゴシ時代に私は素晴らしいメーカーと出会っていたのでお願いしてみたんです。すると、サンプル製作から実際の靴の生産までなんとかなったんですよね。
一番最初にヒオをデビューさせたのが「バーニーズ ニューヨーク」、そして憧れのお店だった「ザ・ギンザ」です。夢が叶った瞬間でもあり本当に嬉しかったですね。

会社設立に至った経緯

最初こそ良かったものの、やはり 3,4 年もするとたくさんのセレクトショップが増えてきましたし、後を追うようなブランドもたくさん出てきたので大変ではありました。
だからこそというわけではないのですが、ヒオのブランドをデビューさせた 1 年後ぐらいに OEM を始めました。
実は靴業界は特殊で、アパレルのデザイナーさんが描いた靴のデザインで靴屋さんが靴を作るというのが難しいんです。私がまず仕様の指定をしなければならなかったので、大手さんからの依頼もあり年間の取引が多くなったので会社を設立することになりました。それが、有限会社ヒオです。

私の場合は、ありがたいことに OEM の仕事を大手さんからいただけましたが、やはり、同じ業種の中でもインカムを 2,3 通りは持っておくということが必要だと感じましたね。

「ヒオ」の成長。そしてキカックスとの合併

「ヒオ」のブランドがさらに成長する出来事がありました。
原宿に Lamp harajuku という老舗のガーリーセレクトショップがありますが、そこでヒオのブランドを扱っていただけるようになったのです。
それまでは「ヒオ = 私」だったのですが、ブランドを私から切り離して一人歩きできるまで成長させてくれました。 Lamp harajuku で爆発的にファンを増やしてくれました。

14 年ほど有限会社ヒオとしてやっていましたが、2014 年ごろからファッション業界で高額商品の売れ行きが悪くなっていきました。いわゆるファストファッションがで始めた頃ですね。また、職人さんたちも年を取ってきて辞めてしまう方も出てきたりもしました。ちょうど色んな入れ替わりの時期だったのかもしれません。
そこで、株式会社キカックスとの合併を考えるようになりました。
「Ryusuke Kawamura(リュウスケカワムラ)」は、主人である河村龍介のオーダー靴ショップ&工房です。もともと、もともとこちらに靴の生産を靴を依頼していましたし、(有)ヒオは(株)キカックスの社屋に間借りしていました。しかし、1 つ 1 つ工房で作る靴はどうしても値段が高くなりがちです。すぐ近くに作れる場所があるにもかかわらず、価格の関係で他に職人さんを探す必要がありました。1 つの靴を作るのに 2 社が入るとなるとお互いの利潤も含まれてしまうので、一緒になろうということで、2013 年に合併し株式会社ヒオックスになりました。

現在、株式会社ヒオックスは、「Ryusuke Kawamura」で、セミオーダーからフルオーダーまで婦人靴のご注文を受けております。
私がこうして仕事をするようになったのは、実は主人が病気になってからです。
主人の病気は 2016 年に発覚し、2017 年に亡くなりました。それまでは、手伝っていたものの主人に任せっきりでした。主人の病気を機に、私が積極的にやるようになりましたね。

足に合う靴を作り続ける

女性は特に、痛くて履けなくなってしまった靴が、家に 2,3 足、いや、それ以上あるのではないでしょうか。
“なぜ靴を履くと足が痛くなってしまうのか。”
それは、足の指の先端がいつも痛くなるのは、靴の幅が広すぎて足が靴の前方へすべっているからかもしれません。
かかとにいつも靴擦れができるのは靴のかかとのカーブと足のカーブがあっていないからかもしれません。
外反母趾や内反小趾をいつも我慢しているからかもしれません。
うすい足、幅せまい足、外反母趾や左右サイズ違い。また、小さいサイズや大きいサイズなど、市販ではめぐり合えないぴったりサイズの痛くない靴を、ショップ 2 Fの工房で 1 足 1 足丁寧にお作りしています。
セミオーダーが中心ですが、整形外科靴に満足できない方のフルオーダーや、当店に準備のないヒール高の靴などのフルオーダー、ミュージカルや演劇の舞台用のオーダーシューズなども承っています。

「足に合う靴が売っていない」と悩まれれている方が非常に多いと感じます。
だからこそ、足に合わせて作るオーダーシューズは続いていくだろうと思いますし、続けていかなければならないとも思っています。
すごく上手な職人さんたちが引退した後でも、このシステムと品質が継続できるようにしたいですね。

 

【編集部より】
ファッション業界での独立・起業について大変勉強になりました。
「同じ業界の中でインカムを 2,3 通り作る」というところは、ファッション業界だけでなく、様々な業界で成功させる秘訣になるのではないでしょうか!

クービック編集部

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